刀剣の試し斬り

江戸時代では、死刑囚の死体を利用して刀剣の試し斬り役を行う者までも現れたという。人斬り浅右衛門と名指しされた山田浅右衛門、山野勘十郎らが有名である。死体を斬った後、胴体が一人分なら「一つ胴」、二人分重なって斬れたら「二つ胴」、三人分重なって斬れたら「三つ胴」などと認定していた。現在の感覚からするとぞっとしてしまう。また、体の部分によって、骨が多いとか、太いとか、硬いといった違いがあり、どの部位を斬ったのかも重要だったそうだ。技もこのような試し斬りによって証明されたらしい。切れ味の優れた日本刀は特に「業物」と呼ばれていた。業物にも様々な段階があり、一番優れていたものから順番に「最上大業物」「大業よき物」「良業物」と言われた。刀の道具としての進歩の過程を見ていくと、刀は武器だけの存在を超越して、所有者の身分や価値観を誇示する装飾品、また神仏との親密な関係を表す法具としての必然性など、姿形を変化させながら歴史を通じて存在し続けていたということがわかっていただけると思う。